平成18年[問 1]問題解説

宅建 - 平成18年[問 1]問題解説 №1

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民法第1条第2項が規定する信義誠実の原則は,契約解釈の際の基準であり,信義誠実の原則に反しても,権利の行使や義務の履行そのものは制約を受けない(平成18年[問 1]肢2) 答バツ
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(1)

民法1条2項は,こんな風に書いてあります。
「権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない」

(2)

信義誠実の原則とは,お互いに法律関係にたつ者は「せこい事をするな!」という原理です。

そもそも民法は,私生活の自由(主として契約の自由)を保障する目的をもちます。

とは言っても,われわれは社会生活を営んでいるんだから,自分勝手はダメです。

せこい事をしてまで自由を謳歌するのはダメ。これが信義誠実の原則ということです。

(3)

そこで,お互いに法律関係にたつ者は「せこい事をしたら」(つまり,信義誠実の原則に反したら),権利の行使や義務の履行に制約を受けることになります。
したがって,肢2の答はバツになっちゃいます。

(4)

宅建受験者の皆さんは,ここまで読んで「良しわかった,覚えておこう」じゃ,まだ足りません。

日常生活に結び付けて,具体例をイメージして下さい。

そうすれば法律に興味がもてるので,勉強が長続きします。

民法をマスターするには結構時間が掛かるので,なるべく具体例と結びつけておくことは,とても大切です。

(5)

政治家Aが,こんどのパーティーのために「伊勢海老の刺身500人前」が出来るかと,料理屋Bに打診しました。

Bは八方手をつくして,やっとのことで500尾の伊勢海老を仕入れる手はずを整えました。

その翌日,Aは突然「この前の話は無かったことにしてくれ」と言ってきました。

まだ契約(予約)が締結されていないとしても,料理屋Bは「ふざけんな!」と思うでしょう。

八方手をつくしたのだから,Bは問屋の信用を失うおそれさえあります。

この政治家Aの行為が,信義誠実の原則に反する具体例です。

(6)

実は,この具体例を出題したのが,[問 1]の肢1でした。
下の問題です。

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契約締結交渉中の一方の当事者が契約交渉を打ち切ったとしても,契約締結に至っていない契約準備段階である以上,損害賠償責任が発生することはない。(平成18年[問 1]肢1) 答バツ
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(7)

わかり易いように「伊勢海老の刺身500人前」にしましたが,不動産屋さんの取引でも,同じように「せこい事」が行われることが,無きにしも非ずです。

そこで[問 1]が出題されたと思いますが,私は,このような出題は大歓迎です。民法の基本を聞いているからです。

(8)

民法は,平成17年から出題傾向が変わったことが,だいぶハッキリしてきました。

宅建教材の民法部分は,これを踏まえて,手直しされるべきです(私の教材を含む)。

もっとも,表紙だけを付け替えて,すでに平成19年度の教材を印刷屋さんに発注してしまった予備校は,反対の事を言うかもしれません。

例えば,
「[問 1]を正解するような学習をしていたら,受かるものも受からなくなってしまいますよ!」と。


平成18年の試験を受けた人は,[問 1]が正解出来なかったことは,命とりになりません。
次年度以降は,そうは行きません!



宅建 - 平成18年[問 1]問題解説 №2

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時効は,一定期間の経過という客観的事実によって発生するので,消滅時効の援用が権利の濫用となることはない。(平成18年[問 1]肢3) 答バツ
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(1)

これは権利の濫用(=乱用)の問題です。
民法1条3項は,こんな風に書いてあります。
「権利の濫用は,これを許さない」

(2)

権利の濫用とは,権利をもっている者でも「せこい事をするな!」という原理です。

(3)

例えば,ヤクザBが飲み屋Aに,飲食代金50万円をツケにさせたとします。

この場合,返済期日から1年間,Aが代金を請求せず,Bが時効完成後(1年経過後)に「あの50万はもう払わねぇ!」と言うと,Aの代金請求権は消滅し,Bは払わないでよくなります。これが消滅時効です。

そして,「あの50万はもう払わねぇ!」という部分を,消滅時効の援用(えんよう)といいます。

(4)

だから,飲食代金をツケにさせたヤクザBには,1年経過すれば,消滅時効を援用する権利が発生します。その意味ではヤクザにも立派な権利があります。

でも常に,Bに消滅時効を援用する権利を与えるべきでしょうか。

(5)

Bは,その後Aの店に飲みにくるたびに,自分が「怖~い人間」であることを強烈に印象づけ,とうとうAは,返済期日から1年間,飲食代金を全然請求できない状態に陥りました。

このような事情のもとでも,1年経過したらBの消滅時効の援用を認め,「あの50万はもう払わねぇ!」ということが正当化されるとしたら,皆さんはどう思うでしょう。

「せこい事をするな!」と考えたくなるでしょう。

このようなヤクザBの行為が,権利の濫用の具体例です。

(6)

上で書いたように,
民法1条3項は,「権利の濫用は,これを許さない」と定めていますが,「これを許さない」とは,通常は,その権利を剥奪するという意味です。

そこで,ヤクザBの消滅時効を援用する権利は剥奪され,結局50万円払わされることになります。

めでたし,めでたし,一件落着!

(7)

このように思考すれば,この問題の答がバツになることが理解できると思いますが,どうでしょうか?

皆さん御存知のように,普通の債権の消滅時効期間は10年ですが,わかりやすいように,時効期間が1年の飲食代金債権で,私が勝手に事例を作りました。



宅建 - 平成18年[問 1]問題解説 №3

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所有権に基づく妨害排除請求が権利の濫用となる場合には,妨害排除請求が認められることはない。(平成18年[問 1]肢4) 答マルで正解肢
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(1)

これも権利の濫用の問題です。
前回の説明を読んだ人は,もう簡単ですね。

(2)

民法1条3項は,「権利の濫用は,これを許さない」と定めていますが,「これを許さない」とは,通常は,その権利を剥奪するという意味です。

そこで,所有権に基づく妨害排除請求が権利の濫用となる場合には,その権利(妨害排除請求権)が剥奪され,結局,妨害排除請求できなくなるので,この問題の答はマルになります。

(3)

ここまで読んで「良しわかった,覚えておこう」じゃ,まだ足りません。

法学部出身の人が民法の最初で習う有名な事例(宇奈月温泉事件)があるので,もう少し読んで下さい。

建築や簿記が主体の予備校じゃあまり教えてもらえない事例です。

(4)

BがAから山林の土地を借りて,その山林の川沿いにパイプを通していました。そのパイプで湯元から温泉を引いて,自分が経営する温泉旅館でお客さんに使ってもらっていました。

この温泉旅館は結構繁盛していましたが,Bは賃借権の登記をしていませんでした。

山林の賃貸借に借地借家法は適用されません。民法が適用されるだけです。

そこで登記をしていないBは,その賃借権を第三者に対抗できません。

Bの旅館が繁盛していることに嫉妬したCがいました。Cは法律に詳しかったので,Bの賃借権が第三者に対抗できないことを知っていました。
そこでCは,Aと交渉してその山林を買い受け,新所有者になりました(所有権移転の登記もしました)。

   A → B(賃借人)未登記
   ↓
   C
 (新所有者)

新所有者となったCは,Bに,湯元から温泉を引いているパイプを除去しろ! と言いました。

所有者には,自分の土地を妨害している物を除去しろ! という権利があります。この権利を「所有権に基づく妨害排除請求権」といいます。

Bの賃借権は第三者(C)に対抗できないのだから,このCの主張は,表面的には正しいです。

Bは困ってしまいました。Bを救う方策はないものでしょうか?

結局裁判になったのですが,裁判所は,Cの「所有権に基づく妨害排除請求権」を「権利の濫用」にあたるとして,Bを勝たせました。これが宇奈月温泉事件です。

Bを勝たせた(Cの主張を権利の濫用とした)背景には,「 CはBを困らせるためにAから山林を買った」「C所有地にBのパイプが通っていても,そこは川沿いの山林なのでイノシシや鹿くらいしか利用しない場所である」等が考慮されました。

要するに,Cの所有権に基づく妨害排除請求権の行使は「せこい事をするな!」という原理(権利の濫用は許さない)に反した,と裁判所が判断したのです。

この判断は,今から70年以上も前の昭和10年の,大審院(今の最高裁)のものです。



宅建 - 平成18年[問 1]問題解説 №4

このシリーズの№1で,
民法の基本を聞いているので,私は[問 1]のような出題は大歓迎だ,と書きました。
きょうは,この点をもう少し具体的に掘り下げてみたいと思います。

(1)

民法は1044条もあります。民法の条文はとても複雑にできています。
なぜだと思いますか?

(2)

現代の複雑化した「社会を維持するため」です。
こう言われても,ピンと来ない人がほとんどでしょう。
それでいいのです!
もうちょっと読んでくれれば,わかります。

(3)

複雑化した社会で一番大切なのは,われわれが安心して生活できることです。

朝,「行って来ま~す」と家を出ました。

駅に着くと,きのうまで使えた定期券が,有効期間内なのに「きょうからは使えません」という貼り紙がしてありました。

こんなことじゃ,安心して生活できません。「せこい事をするな!」と鉄道会社に文句を言うでしょう。

もちろん現実には無い話ですが,こういう事にならないよう,民法はいろいろな条文で契約(約束)の事を定めているのです。

契約だけじゃなく,所有権・抵当権などの物権,相続の事など,皆さんが宅建で勉強したことは,全部,われわれが安心して生活できるために存在しています。

別な言い方をすると,安心して生活するために,自分以外の人に対して「せこい事をするな!」と命じているのが,民法です。

(4)

ところで,安心して生活できるための「核」になる事は何だと思いますか?
自分の行動の「結果を予測できる」ことです。
変な占い師に頼らなくても,結果を予測できることはとても大切なのです。

自分が起こした行動の結果が予測できないと,誰でも不安になります。
朝,「行って来ま~す」と家を出て,横丁の信号機を青で渡ったのに,物陰から突然警察官が出てきて「道路交通法違反で逮捕します」なんてやられたら,おっかなくて外にも出られません。

こんな社会じゃ日本人全員が引きこもりになっちゃうし,その結果,社会の活力は完全にそがれてしまいます。

「結果を予測できる」ことは,民法に限らず,全部の法律にとっての究極の要請と言っていいです。

信号機を青で渡っても警察官に逮捕されないために,刑法では「罪刑法定主義」なんていう原則があります(宅建でもちょっと関係します)。

(5)

じゃ皆さん,ちょっと考えてみて下さい。
「結果を予測できる」ために,法律の条文は,次のうち,どちらが良いでしょうか?
(イ)簡単に書いてあるほうが良い
(ロ)複雑に書いてあるほうが良い

(6)

答は(ロ)です。
手取り足取り教えてもらったほうが,自分の行動の「結果を予測できる」に決まっているからです。

その意味では,情報は多いほど良いです。もし法律の条文が1条しかなく,「せこい事をした者は不利益を受ける。ハイおしまい!」だったら,自分の行動の結果なんか全然予測できなくなっちゃいますよね。

だから民法だけをとっても,1044条もの条文があるのです。

(7)

じゃ1044条もあるのだから,われわれは安心して生活できるでしょうか?

答はノー。
なぜなら,社会は時代と共にますます複雑化しているから。
特に日本が属している資本主義社会ではその傾向が顕著です。

(8)

こういう社会の複雑化に対応するには,民法の条文をもっともっと増やして,われわれの行動指針(結果を予測できる)に奉仕させる方法が考えられます。

でもこれはイタチごっこです。

民法の条文を1万条に増やしても,最高裁判所がどんどん判決を書いても,社会の複雑化に完全対応するのは無理でしょう。
それほど社会の進展・複雑化は激しいです。

(9)

実はこんな事,明治時代に民法を作った人でも,わかっていました。
条文をいくら増やしてもイタチごっこだ!
それなら秘策があるぞ!

(10)

その秘策として,民法の条文の最初のほうで盛り込まれたのが「信義誠実の原則」と「権利濫用の禁止」なのです。

民法1条2項
「権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない」
民法1条3項
「権利の濫用は,これを許さない」

このような抽象的な表現の条文を民法の一番初めに,いわば伝家の宝刀(民法の御本尊)のように鎮座させておけば,民法の条文をあまり増やさないでも済むぞ! 

せっかく1044条も条文を作ってやったのに,網をくぐり抜けてせこい事をするヤツが出てくるだろう。そういうヤツでも,1条2項と3項をくぐり抜けることは不可能だ! 

何しろ,せこい事をするヤツ全員に網をかけてやったからな!

条文の表現を抽象的にしておけば全員が網にかかる! ガッハッハ!

民法を起草した明治時代の学者は,こんな風に考えていたのです。

「信義誠実の原則」も「権利の濫用の禁止」も,「せこい事をするな!」という意味でしたよね。

こういう伝家の宝刀を仕込んでおけば,№1で説明した「伊勢海老の刺身500人前」の例,№2の「ヤクザと飲み屋」の例,№3の「宇奈月温泉事件」では,せこいヤツをちゃんと退治できたでしょ?

(11)

宅建講師は,みんな基本が大切だと言います。
そして,宅建科目の基本は民法だとも言います。

でも,その先の具体的な話は,あまり耳にしません。
そこで,私なりの具体例を示すつもりで書いたのが,このシリーズです。

平成18年10月17日(火)記
平成22年11月12日(金)追記

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