なぜ宅建の勉強をするのか | 哲学的に考えてみる

最後に更新した日:2020年02月14日(金)

(1)イントロ

何千人という合格者、その何倍かの不合格者を見てきた経験から、人々が宅建の勉強をする理由は何だったのか、を書きとめておきたいと思います。

本試験まで 約8ヶ月余りとなりましたが、今が丁度いい時期だと思いまして…。

(2)抽象論

現在勉強中の方を含め、人々が宅建の勉強をする理由は、次の二つに集約できます。

■ 学びたいから学んだ
■ 学ばないと生き残れないから学んだ

(3)具体論

(イ)学びたいから学んだ人

学びたいから学んだ人に、それじゃ、なぜ「学びたいと思ったのですか?」と尋ねてみると、さまざまな答が返ってきました。

・ 自己啓発のために、宅建を学びたいと思いました
・ 自信をつけるために、宅建を学びたいと思いました
・ ステップアップのために、宅建を学びたいと思いました

中には「夢をかなえるために、宅建を学びたいと思いました」と答える人がいました。
それじゃ、「その夢って何ですか?」と聞くと、私が腰を抜かしてしまう夢を教えてくれた人が何百人といました(内容はその方たちの秘密なので、ここでは一切書きません)。

(ロ)学ばないと生き残れないから学んだ人

この典型が、現在、不動産屋さんにお勤めの人です。特に営業関係です。

不動産屋さんの営業では、いまだに「取引士にあらざれば人にあらず」的な風潮が残っているし、将来のことを考えると納得できます。

就職活動中の学生さん、転職を考えている人たちも、「学ばないと生き残れないから学んだ」タイプに属する場合が多いです。

(4)人生いろいろ有ら~な!

ま、価値観は一人一人違うので、「なぜ宅建の勉強をするのか」なんていうことをブログに書くこと自体、無意味だと思う人もいるでしょうね。

価値観が一人一人違うことを前面に押し出す思想を、哲学では相対主義といいます。

相対とは、
・ 基準(物差し)を決め
・ 他と比較しながら
物事を考えることです。

だから相対主義に立てば、価値観は一人一人違うので、学びたいから学んだ人も、学ばないと生き残れないから学んだ人も、「人生いろいろ有ら~な!」でオシマイです。

これを哲学では「相対主義のワナ」と言います。
「人生いろいろ有ら~な!」じゃ、他の人が読んでも参考にならないし、思考がそこでストップしちゃうからです。
「相対主義のワナ」に異を唱えようとすると、今度は絶対主義に立たざるを得なくなります。

絶対とは、
・ 基準(物差し)を決めず
・ 他と比較しないで
物事を考えることです。

絶対主義を突き詰めると、宗教に行き着きます。
「アラーの神は絶対だ」と考える人は、そこに基準(物差し)も他(例:キリスト教)との比較も無いわけです。

ほとんどの宅建講師は、「私についてくれば絶対に合格させます。とにかく私について来なさい!」と言います。その瞬間、その講師も絶対主義者になるわけです。

絶対主義に立つ講師は、「相対主義のワナ」(人生いろいろ有ら~な!)から受講者を開放してくれそうなので、一定の信者を獲得できます。

でも限界があります。

われわれが子ども時代から受けてきた教育は、相対主義(価値観は一人一人違う)によるからです。政治も世の中の仕組みも、宗教性があるものを除けば、みんな相対主義(政治学の言葉では民主主義)によっています。だから絶対主義に立つ講師は、「うさん臭さのワナ」に気づかないまま、受講者獲得に限界を感じることになります。

(5)私の立場

私は、基本的には相対主義者です。
だから、十人十色・百人百様・千差万別・「人生いろいろ有ら~な!」なんていう言葉を良く使います。

そこで口が裂けても、「迷物講師についてくれば絶対に合格させます。とにかく迷物講師について来なさい!」とは言えません。

相対主義者なので「相対主義のワナ」も十分承知しています。
「人生いろいろ有ら~な!」じゃ、他の人が読んでも参考にならないし、思考がそこでストップしちゃう欠点をいつも考えている、ということです。

その上で、あえて書いたのが今日の記事です。

本試験まで約8ヶ月のこの時期は、相対主義に立とうが絶対主義を信奉しようが、短期合格するためには「精神的な抵抗力」を身につけることがとても重要です。
その抵抗力を身につけるには、今日書いた哲学の道筋(相対主義・絶対主義)を意識してみるのも有効ではないかと…。

「それさえ出来ないヤツは、合格する資格がない!」
これって絶対主義?(笑)

最初に投稿した日:2009年12月26日(土)


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