宅建試験の不動産登記に関するエピソード

最後に更新した日:2020年01月13日(月)

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日光の二荒山神社の御神木と注連縄の写真

上の写真は、日光の二荒山(ふたらさん)神社の、御神木(ごしんぼく)と注連縄(しめなわ)です。

今日は、とかく味気なくなりがちな不動産登記法や民法に興味を持って頂くために、テキストには書いてないことを、御神木と注連縄に関連づけて書きたいと思います。これから書くことは、私の有料教材でも直接には触れていません。

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私たちは、さまざまな財産に囲まれて生活しています。クレジットカード・パソコン・自転車・不動産(土地や建物)など、あげたらキリがないですね。

数ある財産の中で、他人から侵害されては絶対に困る物には、「これは私の物なんだぞ!」ということを、世間一般に知らせる必要があります。

不動産登記の存在理由の根本は、ここにあります。「この土地は私の所有物なんだぞ!」ということを、世間一般に知らせるために、お上が作ったシステム(登記記録)に、自分の名前などを記録しておくのです。

御神木は、数ある木の中でも侵害されては(伐採されては)絶対に困るものです。神様が宿っているとされていますので…。そこで、「おまいら絶対に伐採するんじゃねぇ~ぞ!」という意味を込めて、御神木には注連縄が巻かれているんです。注連縄は、不動産登記と同じ役目をしていたんですね。

ここまでの話は、私のオリジナルじゃないです。民法学界の重鎮である故我妻栄(わがつま・さかえ)博士が、講義の際によく例に出していたそうです。

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宅建のテキスト・参考書を読むと、「物権の『公示方法』は登記である」なんていう記述に出くわします。

その際、注連縄のエピソードを知っていると、味気ない民法や不動産登記法にも、少しは花をそえることができるのではないでしょうか?

じゃついでに、もう少しエピソードを…。

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宅建受験者の皆さんは、「一つの登記記録は、表題部と権利部に区分して作成される」なんて習ったと思います。

権利部の甲区には所有権に関する事項、乙区は所有権以外の権利に関する事項が記録されます。

じゃ丙区には何を記録しますか?

「宅建受験者をバカにするとぶっ飛ばすぞ!」なんていう声がきこえてきそうですが、丙区なんて無いですよね。

不動産登記法の大元は明治30年代に出来上がりましたが、その頃は何と、甲乙丙丁戊と区が5つもありました(丁は「てい」、戊は「ぼ」と読みます)。そういう意味では、今のほうがスッキリしていて覚えやすいです。

今は、登記事務を扱うのは登記所(法務省の部局)ですが、明治時代は裁判所が登記事務を行っていました。なんか、司法権と行政権がゴチャゴチャになっている、すごい時代でしたね。

裁判所が登記を扱うなんて、登記が今より重みがあった証拠です。我妻栄博士が例に出していたように、御神木に巻かれた注連縄のような扱いをされていたのかも知れません。

明治になって士農工商が崩れると、不動産取引が自由化されました。自由になった不動産取引は、地券の交付によって行われました。地券を交付することで、土地の所有権移転の効力が発生したのです。でも地券の交付なんて、個人的な場所で行われるので、「この土地は私の所有物なんだぞ!」ということを、世間一般に知らせるための方法(公示方法)としては不十分でした。

その不十分さを補うために、お上が作ったシステム(登記記録)に、自分の名前などを記録しておく制度が整備されてきました。それが、いま皆さまが勉強している不動産登記法や民法なのです。

こんな歴史を知っておくことも、勉強に花をそえる方法かと…。

最初に投稿した日:2010年03月31日(水)


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