和をもって貴しとすべきか?

… 和をもって貴しとす。逆らうこと無きを旨とすべし …

ご存知、聖徳太子「十七条の憲法」の最初の文言(もんごん)です。
これが農耕民族である日本人の行動様式を決定づけたのは、確かでしょう。

「和をもって貴し…」は、「人様の悪口を言うもんじゃない」に変容し、現代にまで受け継がれているように思います。

私の両親も、事あるごとに「人様の悪口を言うもんじゃないよ」と、子供達を教育しました。

しかるに、堂々と人の悪口を言う大人が出き上がってしまった。
迷物講師です!

どうしてなのか考えてみました。
一番大きな理由は、それでも通用してきたからだと思います。

堂々と人の悪口を言っても、
・ 社会的に抹殺されなかった
・ 逆に「人と違う」と評価された
のが、私みたいな人間が出現してしまった主因でしょう。

こんなのは「運」に過ぎません。自分の「努力」の結果じゃないです。
良い運か悪い運か分かりませんが、時代背景、私と関係してきた人達が、悪口を言いまくる若僧を「許してしまった」のがいけなかったです!

もちろん、いまだに私みたいな人間を「許せない」人がいます。
宅建受験者にもいます。
しかし「許せない」人は、年々減っています。
ブログの閲覧者や教材購入者等を数えると、そういうことになります。

「和をもって貴し…」では、「一度しかない人生、やっぱりつまらない!」と思い始めた日本人が増えてきたのでしょうか?

最近、日曜日にブログを更新すると「迷物講師は休養とかちゃんと取れているのだろうか」と心配してくれる人がいます。
嬉しいです!
でも大丈夫。このブログには「公開日時を指定する機能」があって、この記事も実際は日曜日に書いているわけじゃないのです。

平成18年5月21日(日)記


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