日本独自の精神文化を感じました

(1)

ブログの人気度を調べるサイトに、「人気ブログランキング」「日本ブログ村」等があります。

ジャンルごとに順位が付けられ、順位は、読者の人気投票の数で決まります。

先週のある日、その人気投票のボタンに「読者を欺く仕掛け」をしたブログがありました。

私が知る限り、3回くらい同じ行為を繰り返しています。

そろそろヤバイよな!

と思っていた矢先、そのブログは退去処分を受け、順位から姿を消してしまいました。

昔の大名でいえば「取り潰し」です。

ブログの内容がユニークだったので、寛大な処分を願っていたところ、「読者を欺く仕掛け」をやめたようで、2日後には処分が撤回され、人気順位に復活を果たしました。

良かったです!
と同時に、日本独自の精神文化を感じました。

(2)

幕末の戊辰(ぼしん)戦争では、日本中が官軍と賊軍の真っ二つに分かれて戦いました。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」の言葉が残っていますが、私の先祖は水戸藩の下級武士だったので、賊軍(負け組)です。

でも、水戸藩は戊辰戦争の責任をとって「取り潰し」になることはなかったです。

それどころか、戊辰戦争で「取り潰し」になった藩は一つもなかったのです。

幕末には官軍・賊軍合わせて280くらいの藩がありましたが、「取り潰し」になった大名はいませんでした。

良かったです!
と同時に、これにも日本独自の精神文化を感じます。

(3)

極めて正確に言うと、一つだけ「取り潰し」になった藩はありました。

その名を「請西(じょうざい)藩」といい、今の千葉県木更津市にあったちっぽけな藩(1万石)です。

ここは、藩主の林 忠崇という大名が会津落城後も官軍としつこく戦ったばかりでなく、「藩主みずからが脱藩して」戦ったのです。

当時の常識からも有り得ねぇ~!
ということで唯一「取り潰し」になりました。

こんなヤンチャな殿様でも、やがて許されました。

男爵の爵位を与えられ、昭和16年(94歳)まで生きて「最後の殿様」として人気を博したようです。

良かったです!
と同時に、こんなところにも日本独自の精神文化を感じます。

(4)

うまく表現できませんが、
悪い事をした人に対しても徹底的に追い詰めることはしないというのがここでいう日本独自の精神文化のような気がします

平成20年7月13日(日)記



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