人は誰でも,それぞれの専門家

(1)

上のタイトルは,私が自分の意見を発信する時に,いつも感じていることです。

法律をまったく知らない魚屋さんでも,それぞれの経験に裏打ちされた技術で,私たちに美味しい魚を提供してくれます。

オバマ次期大統領なんかに全然興味がない小料理屋の女将(おかみ)さんでも,私が息抜きに訪れれば,20年の経験に裏打ちされた料理の技術で,おおいに舌鼓(したつづみ)を打たせてくれます。

(2)

人間である以上,どんなに知能指数が高くても,一人の能力には限界があります。
そこで,人はそれぞれの人生を掛けて,誰でも専門性を獲得できるようになっているのでしょう。

結果,全体として社会がうまく回るように出来ているのでしょう。
私は宗教を信じませんが,宇宙の創造主みたいな何かがいて,そういう風にしている気がしてなりません。

だとすれば,マスコミによく登場するコメンテイター,学者,有名ブロガーだけが専門家なのではありません。

人は誰でも,それぞれの専門家です。

(3)

私も宅建を教える専門家です。

専門家というと「人を見下す」やつというイメージを持っている人がいるようですが,私はそうじゃないです。
「人を見下す」なんて,とんでもないです。何しろ「人は誰でも,それぞれの専門家」ですから…。

ただ宅建の勉強に関しては,他の講師よりクチウルサイ事を言います。これは「人を見下す」からじゃなくて,専門家としての良心です。

宅建を教える専門家である以上,宅建倶楽部の門をたたいてきた受験希望者(有料に限りません)に対して,「どんな勉強法を選択すべきか」「なぜ法律はそうなのか」等をしつこく説明するのが,専門家としての良心だと信じているからです。

(4)

今年の試験結果が湿っぽかった人も,みんな,それぞれの専門家です。
どうか宅建ごときで自信を失わずに頑張って下さい!

平成20年11月7日(金)記

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